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世界遺産候補「富士山」の不思議! 高山植物が少ないのは何故?

  • 環境

日本を代表する霊峰、富士山。その頂に憧れて赴かれた方も多いと思います。ところで、その道中、高山植物の少なさに気づかれましたか? 今月はこの高山植物についてお話してみたいと思います。

世界遺産候補「富士山」の不思議!

南アルプスと富士山

Written by KANEKO tomoyuki 金子智幸

南アルプスの北岳(日本第2位,標高3,192m)では標高約2,500mを超えると高山帯となり、ミヤマキンバイ,ミヤマキンポウゲ,タカネナデシコ,タカネビランジ等のたくさんの高山植物が生育し、シーズンには美しいお花畑が見られます。

それに対して5合目(標高約2,500m付近)から高山帯となる富士山(日本第1位,標高3,776m)では、おもいのほか高山植物の種類は少なく、オンタデやミヤマナルコスゲ等といったごく限られた植物が目立つ程度で、南アルプスに比べるとずいぶん貧相な植生です(貧相であっても自然景観としては単純化された美しさを持っているのであしからず)。

こうした両者の違いはいったいどこから来ているのでしょう?


氷河時代に逃れて…

日本の高山植物は500種以上と言われていますが、その大部分はもともと氷河時代に、寒冷な気候から逃れるようにして北方から南下してきたものです。そして、氷河時代の終了に伴い高山帯に残った(避難した)もの、およびこれらから分化したものが、現在見られる高山植物なのです。

ちなみにこうした成り立ちを経験しているのは植物だけではありません。天然記念物として有名な雷鳥もまた、北アルプル及び南アルプスで確認されていますが、富士山には生育していません。雷鳥の育成地は本来、北半球の高緯度地方が中心です。イギリス(緯度約50~60°)ではその昔、雷鳥の狩猟が行われていたほどです。

つまり、本来高緯度の生育域で見られる雷鳥が日本でみられるのは、じつは氷河時代の生き残りの動物-レリック(依存種)-なのです。


氷河期と気候変動

ところでみなさん、これまでに氷河期が何回あったかご存知ですか。ヨーロッパアルプスの氷河研究から、地球規模で寒冷な時期が過去に4回以上あることが明らかになっています。また、南極やグリーンランドの氷床コアについての近年の研究からは、約270万年前から周期的な気候変動(明瞭な寒冷期と温暖期が繰り返し)が始まり、約60万年前からは約10万年周期の明瞭な氷期-間氷期サイクルとなり現在に至っていることが判っています。現在の地球は、最後の氷期(寒冷期)が終わって約1万1千5百万年前から温暖期に入った時代(後氷期)とされています。

ちなみに約1万1千5百万年前というのは、日本で石器時代から縄文時代に変わろうとする頃です。

図-1)過去500万年の気候変動(δ18O曲線)
約270万年前から気候の変動が顕著になり、氷河-間氷河期が繰り返される。
(『地質学3 地球史の探求』より)

図-2)図-1の20万年前からの気候変動(気温,CO2濃度曲線)を拡大したもの。
約1.15万年以降を温暖な後氷期と呼んでいる。
(「地球環境変動とミランコビッチ・サイクル」」より)
◆後氷期とはどんな時代なのか?~地質屋の視点から~

上記の図の中で、折れ線グラフが最も下がった時期を最終氷期極相期と呼んでいます。これが約1.5~2万年前となります。この後、後氷期が始まった約1万年前までを見ると、約5千年の間に-10度から0度まで約10度の気温変化(氷床データ)が見られます。約10度というのは劇的な変化です。

この間に、日本においては、海水準は-120mから現在の海水面に約120m上昇し、寒冷気候から温暖気候に変わることにより降雨量が多くなり、山地での浸食堆積土砂が平野部に運搬されて扇状地や沖積層を形成しました。また、山地では温暖気候により表層の風化が著しく進行しました。したがって現在の時代は、地殻変動を除けば、最終氷期後の劇的な変化が新しい平衡状態へ移行する時代と言うことができます。わたしたち地質屋にとっては、特に地盤・環境を扱うものにはこの「平衡状態への移行期」を時代的背景としてとらえて、地盤・環境特性を明らかにすることが重要と考えています。


氷河期の日本の植生

現在の植生分布から、高山地域に残っている氷河地形および寒冷期に特徴的な地形(これを「周氷河地形」と呼び、森林限界より標高の高いところが目安となります)の証拠をもとに、最後の氷河期(最終氷期)の植生垂直分布を示したものが図-3です。

これによると、もし地殻変動を考慮しなければ、当時の関東地方では、標高1,000~1,800m位の山地に高山植物の生育条件があることになります。したがって、約10万年ごと訪れた氷期最盛期に、寒冷地の植物が北方から南方に向かってその生息域を広げ、温暖期に高山帯へ再度避難することによって、日本の高山植物の固有種が形成されていったものと推察されます。

図-3)上図は現在に日本の植生垂直分布、下図は最終氷期最盛期における植生分布推定。
(『山の自然学入門』より)

地球の生い立ちは、フィールドで過去の痕跡をたどるべし!

現在の富士山(新富士)は、数10万年前から活動した「古富士火山」およびそれ以前の「小御岳火山」の上に折り重なる形で、いまからおよそ1万5千年~6千年前ころ形成されたものです。つまり、富士山が形成された頃の気候はすでに北方系の寒冷期の植物はすでに引き上げた後-温暖期に入っていたことになります。

したがって、富士山の場合は活動中のため、高山植物が入り込む下地が整っていなかったと考えられます。現在の富士山で高山植物があまり見かけられないのは、こうした理由から来ているのです。

図-4)富士山の形成史,新富士の活動は約1.5年前から始まり、約1万~6千年前には3,000mを超える高山になっていたと推察される。
(『富士山-自然の謎を解く-』より)

どうなる?これからの日本の植生

では、今後の地球温暖化によって、日本の植生の垂直分布はどうなるのでしょう?

図-2を見てください。最終氷期最盛期と現在の温度差が約10度ありますので、図-3の植生分布は垂直方向に約1,000m余りもの標高差が見られます。もし今後の地球平均気温が約2度上昇するとしたら、植生分布は標高差にして約200m余りも標高の高い方へ移動することになると予測されます。これは一体何を意味するのでしょうか。そう、高山植物の分布範囲は以後大きく縮小されることになり、場合によっては山頂付近にわずかに分布していた植物が新たに高地へ侵出してきた繁殖力の強い植物に駆逐され、絶滅の憂き目に遭うかもしれないということです。

しかし実際は、そう単純にことが進まないものです。高山植物は、気温だけでなく降雨量,積雪量,風向・風力,寒暖差といった多くの気象条件に影響されます。ですから地球温暖化によって地域ごとにどのような気象状況に変わっていくかで、答えは異なってくるでしょう。例えば図-3の上図の真ん中あたりに、「疑高山帯」というのがありますが、これは日本海側の多雪地帯にあって、他よりも標高の低い山地に高山植物が育成しいます。これは、日本独特の高山帯ともいうべきものです。

余談ですが、富士山にも雷鳥が見られた時期があります。昭和35年8月22日に北アルプス白馬岳から雄1羽、雌2羽、幼鳥4羽の雷鳥が富士山へと空輸され、雷鳥の移植が行われました。その後、昭和40年代までは雷鳥の繁殖が確認されていましたが、残念ながら現時点での雷鳥の生息は認められていません。

◆参考文献
  • 『地質学3 地球史の探求』岩波書店(2007)
  • 『山の自然学入門』古今書院(1992)
  • 『山の自然学』岩波新書541(1998)
  • 『自然観察シリーズ 富士山の植物』小学館(1982)
  • 『富士山-自然の謎を解く-』NHKブックス91(1969)
  • 『地球環境変動とミランコビッチ・サイクル』古今書院(1992)

高山植物あれこれ


コマクサ

ヨツバシオガマ

ウルップソウ

トウヤクリンドウ

チシマフウロ

※「ウルップ」や「チシマ」など北方領土の名前が付けられている。


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