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yecが誇る名人たち

1979年4月に社会人となり、ほぼダム一筋で生きてきました。大学時代にダムだけを扱った講座はなかったのですが、水工研究室に入りました。同級生の教授への質問。「もう黒四ダム以上のダムはできないのでしょうか。」教授いわく、「我が国では、あれ以上のダムはできないかも知れないな。」何が、あれ以上かはわかりませんが、堤高186mは確かに今も高さとしては日本一です。40年近く前の話しですが、教授の見識の高さに今も時々感服しています。

入社後携わった主なダムとしては、以下のものが挙げられます。 

 

1985年 : 青森県浅瀬石川ダム減勢工水叩き部におけるベルトコンベヤ工法の施工計画、施工調査。

1986年~87年 : 熊本県竜門ダム施工計画(ダンプトラック運搬直送によるRCD工法および堤頂部におけるベルトコンベヤ工法)

1998年~ : 香川県小豆島にある吉田ダム。設計、施工計画からグラウト管理と一連の業務を実施しました。吉田ダムの竣工により小豆島の水不足が解消し、関西方面からの観光客が増加する一因となりました。

2004年 : 新潟県中越地震



JR東日本の小千谷市にある山本、新山本、浅河原調整池が被災。これらの調整池による発電は東京都内を走る山手線へ電気を供給していました。JR東日本は自前の電力として約1/4をこの調整池群による発電に頼っており、この復旧がある意味では至上命題となっていました。新潟でも特に豪雪地帯である小千谷地区で、初雪が降り、根雪になるまでに被災調査を終え、春の雪解けまでに復旧計画の設計、施工計画を終え、春になると復旧工事を開始し、その年の冬が終わるころには発電開始というとんでもない工程で進められました。

2006年3月に全面発電の再開ができ、被災後1年5ヶ月で完全復旧がなしとげられたのです。

「水と安全は簡単に手に入る」と思われている一部の市民の方もいらっしゃるかも知れませんが、先人たちの陰日向のない働きにより、現在があることも伝え続ける必要があるのではないかと思っています。

 

大本和弘(2015年7月フェロー認定)|事業マネジメントの伝承

新潟県中越地震により被災した浅河原調整池の復旧状況 

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