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八千代エンジニヤリングが毎月お届けするちょっとイイ話

ブータンの人々を守れ! 標高5,000メートルの氷河湖が決壊する!?

  • 海外事業

さて、みなさん、ブータン(正式にはブータン王国)という国をご存知ですか?名前は聞いたことあるけど…どこにあるの?という方が多いかもしれません。今月は、当社がブータンで実施した、標高5,000メートルでの氷河湖調査について、お話します。

~ブータンの人々を守れ!~

ヒマラヤの氷河湖調査へ

Written by nanbu naoaki 南部尚昭

「ヒマラヤ山脈の氷河湖調査」━これを聞いて想像するのはどんなことでしょうか。

「山岳部出身で特別な訓練を受け、強靭な肉体の持ち主でないと太刀打ちできない」と思う方は多いかもしれませんが、 山登りの経験があって、高山病に対する正しい知識と冷静な判断力、無理をしないという約束事を守れるなら、 危険な調査ではないと思います。もっとも、目指す標高が酸素ボンベを必要とするような6,000m以上の世界であれば話は別ですが...。

今回の調査では、社内で4名のブータン国内現地調査グループが編成され、うち2名が氷河湖の現地調査を行いました。 その結果をご案内しましょう。

ブータン王国

ブータンの位置
【ブータンの位置】
ブータンの国旗
【ブータンの国旗】
現地語でのブータン国名は
ドゥルック・ユル(雷竜の国)と言います。

ブータンは北を中国(チベット)、南をインドに挟まれた、日本の九州と同じくらいの面積に約690,000の人々が暮らす小さな国です。

ブータンの南北の幅は約160km(=東北地方の東西方向の幅とほぼ同じ)であるにもかかわらず、南端の標高は200m、 北部の標高は7000m級のヒマラヤ山脈、と極端な高低差があります。このため、豊かな自然に恵まれた国です。

最近では、サッカーの中田英寿氏が訪問したり、テレビなどで特集が組まれたり(※)するなどして、日本でも知名度が高くなってきていますし、 「GNP(国民総生産)でなくGNH(国民総幸福量)の向上を目指す」と前国王が提唱したことで、他国からも注目を浴びている国でもあります。

その一方で、海外からの乗り入れ航空便を自国だけの航空会社一社にしていることから、 外国人観光客は緩やかに制限されています(ちなみに、未登頂の世界最高峰ガンカー・プンスム(7,561m)はブータンにあります)。 「秘境」、「おとぎの国」というイメージをもたれることがあるのもこうしたことからなのでしょう。実際に行ってみると、ブータン人は自然を大切にし、 自然とともにスローライフを送っている、とても穏やかな人柄であるとの印象を受けました。

しかし、現在、この国ではGLOFという災害が発生し、大きな被害が出て問題になっています。

GLOF

GLOFとはGlacial Lake Outburst Flood(氷河湖決壊洪水)の略称で、氷河湖が何らかの原因で決壊して、大量の湖水が下流へ流れ下る現象です。

ブータンでは1994年、ルゲという氷河湖で発生したGLOFにより、下流の古都プナカという町に大量の土砂や流木を含んだ水が押し寄せ、 21名の方が犠牲となったほか、橋や水田が流失するなど、大きな被害が出ました。ブータン政府も、地震や土砂災害とともに、 GLOF対策が重要であるとの見解を示しています。

ルゲ湖
【GLOF発生後のルゲ湖周辺】
(出典:GoogleEarth)
GLOFによる被害
【GLOF発生時のプナカ】
ルゲ湖決壊により、プナカ・ゾン
(市役所兼寺院・写真中央の建物)周辺は
広範囲にわたって浸水しました。
(出典:Mool et al.(2001)Inventory of Glaciers,Glacial Lakes and Glacial Lake Outburst Floods Bhutan.)

ルゲ湖の下側側から東西方向に白い線状に広がっているのが、1994年のGLOFの跡です。ルゲ湖ではGLOF発生後に再び湖水がたまり、 氷河湖の面積が拡大しつつあります。また、ルゲ湖の下流側にあるトルトミ湖、ラフストレン湖でもGLOFの危険性が高まりつつあります。

ネパールやブータンで起こっているGLOFは気候変動が一因との見方もあり、今後、GLOFの危険性はさらに高まるのではないかといった懸念もあります。

このような背景のもと、当社では2008年10月~11月に、ブータンの代表的河川の一つを対象に、上流域では氷河湖の決壊危険度調査を、 下流域においては予想される被害の現地調査を行いました。

氷河湖調査

測量風景
【測量風景】

これまでの研究によれば、ブータン国内でGLOF発生が懸念される湖は25湖あるとされています。 ただし、過去の研究は衛星画像のみによる概略的調査のものも多く、未だ現地調査が行われていない氷河湖も少なくありません。 そこで今回我々は、マンデチュ(チュは川という意味)という河川の上流にある、最も面積の大きい氷河湖を調査することにしました。

調査対象の氷河湖は、標高約5,060mにあり、徒歩でのトレッキングが唯一の訪問手段です。途中、高山病に悩まされつつも、 氷河湖周辺で現地調査を行うことができました。その結果、

表

など、GLOF発生の要因となるような特徴を持つ氷河湖であることが分かりました。

氷河湖の遠景
【氷河湖の遠景】
湖の背後に氷河がせり出して来ています。
遠近感がわかりにくいですが、湖の奥行き2km、
氷河部分の高さは300~400mあります。
平常時
ケース1
氷河や土砂などが氷河湖に落下し、
発生した波がモレーンを乗り越えて下流に流れ下る場合。
ケース2
気候変化に伴い、アイスコアが溶けてモレーンが低下したり、
氷河が溶けて湖水が上昇したりすることで、
湖水がモレーンを乗り越えて下流に流れ下る場合。

下流域調査

マンデチュ下流域では、GLOFが発生した場合に、下流域のどのような場所でどのような被害が発生するのか、 またどのような対策をすれば被害を最小限に抑えられるのか、といったことについて現地調査を行いました。

その結果、GLOFが発生しても、集落の多くは川から数十mの高さにあるので大半は安全なものの、一部集落は、

表2

といった被害が想定されることも分かりました。

ジザムという集落
【ジザムという集落】
この集落は川のすぐ近くに住居が集中しており、
GLOF発生時には大きな被害が予想されます。

GLOF対策

GLOF対策として排水路を設けている氷河湖は、ネパールやブータンに例があります。 これは、2008年の中国・四川大地震や岩手・宮城内陸地震でできた天然ダム決壊対策として、排水路が設けられたのと同じ考え方ですね。

ただし、氷河湖での排水路対策には、

表3

などの問題があります。

そこで、どの氷河湖が決壊しても下流での被害を軽減できるよう、下流域での対策を行うことが重要となります。 一般的には、早期警報装置の設置や避難場所の確保、土地利用制限などの対策を組み合わせることが必要といわれていますが、 そうした計画を立てるために多くの情報を集めてデータを解析し、対策を立案していかなければなりません。

当社では、日本国内でこれまでに培ってきた洪水や土砂災害に対するハード・ソフト両面からの対策技術をGLOF対策に適用・応用して災害軽減に 貢献すべく、今後も調査や検討を重ねていくことにしています。

おわりに

最後に、本調査実施にあたっては、ブータン政府地質鉱山局・エネルギー局の支援・協力をいただいたほか、 名古屋大学大学院 西村浩一教授・藤田耕史准教授、立教大学 岩田修二教授から貴重なご助言をいただきました。ここに謝意を表します。

表4



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