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当社は、持続可能な社会の実現に向けて「サステナビリティ経営」を推進しています。サステナビリティ座談会では、滋賀県東近江市で地域資本循環を牽引してきた東近江三方よし基金の山口美知子さま、地域課題解決やインパクト投資に知見を持つPwCコンサルティングの北原菜由香さまをお迎えし、「命がつながる社会を、この流域から」をテーマに、地域資本の循環と流域連携の視点から、これからのインフラ・地域づくりのあり方を紐解きます。
※2026年6月時点
東近江三方よし基金(以下、三方よし基金)は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人の精神に、未来の時間軸や環境という要素も含んだ「意図を持った基金」として誕生しました。地域で集めた資金で、地域の課題解決や活性化を推進するコミュニティビジネスなどを評価・支援し、「資金の地産地消」を実現するものです。きっかけは、2010年ごろに地域の皆さんと『2030年東近江市の将来像』というビジョンを作成したことでした。事業者や行政、NPO、金融機関、研究者の方々とともに議論し、大きな「自然資本」の中に「人」がいて、「適度なインフラ」があり、「健全な関係性」があるという4つの資本が潤沢にあれば、持続可能に幸せに生き続けられると定義し、これらの資本を「地域資源」と位置付けました。また、当時東近江市で実施したワークショップの中で、地域の一番の願いは「人と自然」「人と人」のつながりであることが分かりました。東近江は昔から街道が交錯する交通の要衝であり、都も近く、常に歴史の混乱に巻き込まれてきた地域です。しかし現代まで人々が住み続け、混乱を乗り越えてきたDNAがあります。伝統的な「結」や「講」といった相互扶助の思想が残り、集落を見ても広い土地があるのに家々が密集しています。そうした背景が、この地域の結びつきの強さにも表れていると感じています。
現在の日本は、近代化で利便性が高まる一方、地形や文化、経済などのつながりが見えづらくなりました。しかし、それが見えた時に、今の自然資本を使いながら何を維持し、取り戻すべきかが顕在化します。土地を読み解くことで、山口さんがおっしゃる集落の結びつきのような、大切な関係性を再構築していけるはずです。東近江は、水のあるところに人々が住み、規律や文化が成立し産業が発達してきたポテンシャルの高い地域です。鈴鹿山脈の伏流水や心地よい風といった自然環境が、日々の生活に深く組み込まれていますよね。
まさにその通りで、以前八千代エンジニヤリング(以下、八千代)さんが作成された地下水の流れを表す地図を見せていただいた時、大きな発見がありました。なぜ水田だった場所にかつて飛行場がつくられ、後に工場になり、また水田に戻ったのか。扇状地かつ砂地で水が地下に潜るこの土地では、まちのつくりが、水によって規定されていたことが可視化され、大変興味深いものでした。
全国各地のローカル・ゼブラ企業※1や地方創生の現場を見ていると、高度経済成長期に都市部に人が流出し、日々の営みの中で自然から知恵を得るという文化が途絶えてしまったことに、危機感を募らせる地域が多いと感じています。その中で、東近江では、森・里・川・湖と人の営みの関係性が暮らしや事業の中で今も語られ、多世代にわたって実践されています。人と自然が隔てなく、一体となっている文化を感じます。また、三方よし基金ではビジョン作成の段階から研究者と連携されており、地域に眠る目に見えない価値を見える化している点が大きな特徴だと思います。地域の状況を感覚だけで語るのではなく、自然資本や人の営みの変化として可視化・定量化してきた蓄積があるからこそ、八千代さんが持つ流域や自然資本、インパクト投資に対するグローバルな視点とも接続しやすくなっているのだと思います。
これまで10年近く支援をしてきた中で、個々のプロジェクト単位で評価をするだけでは見えない価値があることに気づきました。例えば、この地域特有のアユやビワマスを提供するお店を支援する際、その食材が提供され続けるためには、アユが遡上する川やビワマスが産卵できる環境、さらには魚道づくりなど、全てがつながっている必要があります。これらがつながっていることを認識して向き合わないと、地域の生態系は簡単に崩れてしまいます。私は以前、行政の立場にいましたが、行政の評価軸で琵琶湖の水質が数値上は大きく改善しても、県民の多くは「きれいになった」と実感していないというギャップに悩んだ経験があります。だからこそ、現場で何が起きていて、何が変われば人が「変わった」と実感するのか。それを大切にし、地域の人々が望むものを見える化することに注力してきました。
地域の皆さまとのワークショップに参加した際、働くのに少し工夫がいる若者を支援されている活動のお話を伺いました。一方的な「支援対象」としてサービスを提供するのではなく、その方が安心して関われる環境や関係性を整えることで、本来持たれている力や役割が地域の中で発揮されていく。その考えに触れ、価値観を揺さぶられたことを覚えています。三方よし基金は、制度や市場の枠組みだけでは拾いきれない違和感や困りごとに目を向け、人と人、人と自然のつながりを捉え直しているのだと思います。八千代がインパクトCVCとして設立したSISI Innovations(以下、SISI)が東近江の取り組みに関わるようになったのも、まさにその「つながり」の視点からです。例えばネイチャーポジティブを目指す際にも、自然環境だけを切り離して回復させるのではなく、そこに住む人々の暮らしや、人と自然の関係性を含めて評価し、支えていく必要があると感じています。
その「つながりの認識」や「自分ごと化」は、水防災の分野でも最大の課題です。私は「水防災意識社会再構築ビジョン」※2の業務に携わっていますが、防災意識調査では7~8割の方が水防災に無関心という現実がありました。防災アニマル診断※3などを通じて少しずつ関心を促していますが、防災だけを伝えても自分ごと化は難しく、水と暮らしの歴史や文化、経済など一連のつながりを理解し、地域への愛着を育むことが、結果的に意識向上にもつながるのだと思います。三方よし基金が醸成されてきた、関心の高い方が無関心な層を引き上げて自走していくサイクルは、非常に重要なプロセスだと感じます。
グローバルなアジェンダではなく、環境や農業、文化といった生活に根ざしたローカルな経済に自分ごと化できている人が多いからこそ、東近江では実感を伴ったコミュニケーションが成り立っているのだと思います。
自分ごと化の背景には、「自治」の意識があると思います。興味深い事例として、隣り合った条件の似た集落で、片方は若者が流出し、もう片方ではそれがないという現象がありました。若者が流出しない集落では、一見非効率と思われがちな地域の祭りなどの行事が、あえて残されていたのです。住民おのおのに役割があり、結束し、次世代に役割を引き継ぐという行事が関係性をつなぎ、「自分がここに住む意味や役割がある」と思えるからこそ若者が定着しているのです。設計された相互扶助が、自治につながっているのだと思いますね。
自治や共感を広げる入り口として、お金は非常に便利なツールだと思っています。例えば「隣の家が浸水して大変そうだ」といった身近な違和感や共感があっても、何か行動するのはハードルが高い。しかし、こども食堂に寄付することは簡単にできます。当基金の東近江市版SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)でも、少額から出資できる仕組みをつくったことで、「投資などしたことがない」という方が支援に回り、成果報告を通じてさらに意識が変わっていくサイクルが生まれました。現在進めている三方よし森里川湖インパクトファンド(以下、森里川湖ファンド)は、この循環をさらに推進するものです。地域には必要でありながら、相対取引が難しい取り組みを、いかに公的資金ではない資金で支えるか、それが最も求められているのです。
SISIは、社会・環境インパクトの実現に真正面から向き合う投資を目指しています。その重要な仮説の一つとして、私たちはネイチャーベースドエコノミーを掲げています。これは、これまで市場価格や既存の経済取引の中で十分に評価されてこなかった自然資本や、その土地の文化や営み、人と自然の関係性を、地域の価値として見える化し、投資や取引、政策判断の中に組み込んでいくという考え方です。自然資本を守り育てる活動に、継続的に必要な資金が流れる仕組みをつくることで、地域の自然と経済がともに持続する状態を目指しています。その意味で、森里川湖ファンドとの共創は、自然資本を基盤とした新しい経済のあり方を地域から実装していく、非常に重要な取り組みだと考えています。
必要なお金を回すためには、主体的な意思決定と、それを裏付けるデータや人材が不可欠です。昔の人々は、現代のようなデータがなくても石の配置や祭り、地名というかたちで、水や自然の環境と折り合いをつける知恵を残してきました。私たちが果たすべきは、その先人たちが残した暗黙のファクトを可視化し、現代のデータやデジタル技術で統合することではないでしょうか。つまり、デジタルを活用した「情報収集・可視化・分析・意思決定」のプロセスを回し、地域に暮らす人々の身近な物語として翻訳していく。これによって、民間企業や投資家などから必要なところへお金が回る、良好な循環が生まれるのだと思います。
持続可能な社会の実現に向けて、社会や環境に配慮した事業へ資金を回すサステナブルファイナンスは、社会・環境インパクトと財務リターンの両立をより具体的に問う段階に入っています。その中で英国を中心に、特定の地域のニーズや機会に資金を向けるPBII※4の議論も進んでいます。日本の文脈では、ローカル・ゼブラ企業が、地域の共助を事業として継続可能にし、地域資本を循環させる担い手として注目されています。自分たちで見つけた課題に対し、地域の資本と外部の資金・人材を組み合わせて挑戦できる環境が整えば、地域の自己選択権が高まり、自治の土台も強くなると考えています。
私の願いは、「さまざまな人が、さまざまなことを諦めなくていい」地域であり続けることです。そのためには、必要な資本が毀損しないように守り、価値に変えていく活動が必要です。八千代やSISIの方々と同じ目線でともに歩み、この願いを実現していけたらと思います。
私たちも地域の主体性を尊重しながら、同じ目線で共に向き合っていきたいと思います。インフラの概念が変化している今、技術に限らず金融やデータ、合意形成をつなぎ、地域が自ら意思決定できる環境を整えることが私たちの担うべき重要な役割なのではないでしょうか。
東近江の取り組みは、世界にもつながるアジェンダだと思います。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という宮沢賢治の思想がありますが、世界全体の幸福の礎は、このような一つの地域から実現されていくのではないでしょうか。以前、ある大企業の方に東近江のお話をしたところ、「地方のリアルを知らなかった自分たちが、それを知るだけで希望につながった」とおっしゃっていました。大企業が地域の解像度を上げることで、ビジネスのかたちも変わってきます。八千代さんがグローバルの視点を持ちながら東近江にコミットしていることは、今後のビジネスにおいて重要な基盤になると考えます。
当社名には「千代に八千代に生き続け、未来永劫にわたって人類社会のために貢献し、発展してほしい」という思いが込められており、百年先、千年先を見据えた視座で「この世界に、新しい解を。」提供することをビジョンに掲げています。行政主導のインフラ維持、さらには地域単独での対応が限界を迎える今、流域に関わる全員が、それぞれの土地が持つ役割を理解して初めて成り立つ「流域経営」へと移行していくことが重要です。
建設コンサルタントのこれまでの在り方やインフラの枠を超えて、その土地の地形や歴史、文化、経済、住まう人々を統合的に理解し、金融やデータなどのツールを活かして、流域や土地の本来の価値を見出し、未来へつなげていくこと、そして技術と地域社会をつなぐ翻訳者となることが、これからの私たちの役割だと思います。こうして地域の「自治」をデザインしていくことこそが、千年先の未来にもつながっていくのだと確信しています。
※1 ローカル・ゼブラ企業:ビジネスの手法で地域課題の解決に取り組み、社会的インパクトを生み出しながら、収益を確保する企業として中小企業庁が位置付ける概念。社会的インパクトとは、事業活動や投資によって生み出される社会的・環境的な変化を指す。
※2 水防災意識社会再構築ビジョン:堤防などの施設では守り切れない大洪水は必ず発生するという概念に基づき、国土交通省が提唱したハード・ソフト対策を一体化させて社会全体で水害に備えるための防災政策
※3 防災アニマル診断:当社が開発した動物のイラストを用いた防災意識の自己診断ツール
※4 Place-Based Impact Investing:特定の地域のニーズや機会に焦点をあて、適切なリスク調整後の財務リターンと、地域へのポジティブな社会・環境・経済インパクトの両立を目指す投資アプローチ
当社は、2025年8月にインパクトCVCとなる新会社「SISI Innovations株式会社(以下、SISI)」を設立しました。SISIは「Sustainability Implementation forSocial Impact」の略で、社会・環境へのインパクト創出を起点に、持続可能な事業の実装と新たな価値創出を目指す姿勢を示しています。SISIは、有望なスタートアップへの出資に加え、当社が社会インフラの現場で培った知見・技術・ネットワークを活かし、事業共創や制度設計などを通じて、社会課題の解決に資する事業の創出・実装を推進します。多様なパートナーとの共創を通じて、持続可能な社会インフラの実装に取り組んでいきます
ーESGの取り組みー